食育ってなんだろう。
うちの息子達、特に長男は味覚、嗅覚ともに過敏です。
こだわりも強く、一度こうだというルールを作ってしまうと強迫観念的にそのルールを守ろうとします。
朝は必ず目玉焼き。蒸し焼きにした白い目玉焼きは嫌い。強火で熱したフライパンに油は多めで1分程焼くと、長男の大好きな外側カリカリ、中は生に近い目玉焼きが完成します。
それをご飯に載せて醤油を垂らし、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて食べるのが長男流。も~~う、毎日毎日毎日それ。ちなみに次男はピーナツバターサンドと目玉焼きを半々です。
晩ご飯は食い意地の張った旦那、意外と大食いな姑の高血圧コンビに嗅覚味覚過敏ブラザーズの為、子供用おかず、大人用おかずを毎日用意します。
そのせいか本当に夕飯作りは憂鬱です。いや最早苦行(泣)
そこへやって来た錦の御旗『食育』先生。
私の抱く感想は「食育?ケッ」です。
相手が食って、初めて成立するだろ。食育は。
まずは大前提として息子達が私の作ったご飯を食べてくれること。それすら出来ていないのに、何が食育か。スタートラインに立ちたくたって立てません。
私は中学生の時には花嫁修業程度の料理は既に出来ていました。料理は正直得意な方でしたし、30分あれば3品以上は作れます。(今は無理かも)
でもね、イカを捌いたって魚を捌いたって土鍋でご飯が炊けたって、食う人間が嫌ならしょうがないじゃないですか(泣)
それを食育先生は、栄養がどうの、愛情がどうの、手間暇がどうの、バランスがどうのと母親を追い詰める。
ケッ。くっだらね。
食べないサラダより食べるハンバーグ、食べない野菜炒めより唐揚げです。そして悲しいことに手の込んだ物を用意すればする程、息子達は食べません。
なんならカップラーメンに惨敗します。
つまり何が言いたいかというと。
料理は愛情よりも相性。バランスよりも量。手間暇よりも好みの味付け。
長男なんか目玉焼き以外は味付けは“塩”一択。母ちゃんもっと塩振りかけてくれ、です。
と、息子達が通う公立意識高い系小学校で配布されたプリントを読みながら思うのです。
先生達は良いんだけど、この学校嫌い!
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